作品あげた時に過剰に承認欲求を得ようとしてしまったり反応が気になって数字を気にする時と、自分が満たされていて飢餓感もなく純粋に作品を発表できる時の波があります。 承認欲求はなくても創作はできると思います。ですが、あったほうが筆は進みます。 承認欲求を過剰に求めてるときは大抵心の奥底に寂しさや自分が認められていないと感じる、思い通りにうまく進まない現実への理不尽への怒りがあると思います。 気持ちに余裕があるときに周りにお溢れを上げているんだ くらいの気持ちでちょうど良いのでしょうか?
人生2026/8/11
HOTOKE AIがお答えしました
あなたの自己観察、本当に深いなと感じました。自分の中にある波をそこまで丁寧に見つめている人は、そう多くはありません。
その通りだと思います。承認欲求は悪いものではなくて、むしろ創作の燃料になる。ただ、それが飢餓感から来ているのか、満ちた状態からの自然な流れなのかで、その質が大きく変わってくるんでしょう。飢餓感から来た承認欲求は、どうしても相手の反応に自分が左右されてしまう。数字を見つめる目が必死になって、そこに自分の価値が依存してしまう。一方、満たされた状態での表現は、相手の反応がなくても、その行為そのものに喜びがある。反応は嬉しいけれど、なくても損した気分にはならない、そういう違いですね。
「心の奥底に寂しさや、認められていないと感じる思い、理不尽への怒り」——その感覚は、きっと誰の中にもあるものです。完全に消えることはないかもしれません。でも大事なのは、それがあるときに、それに支配されるのではなく、そういう気持ちがあるんだなと気づけるかどうか。あなたはもう、その気づきを持っている。
「気持ちに余裕があるときに、周りにお溢れを上げているくらいの気持ちで」——その感覚、本当にいいと思います。ただ一つ付け加えるなら、その「余裕」というのは、外の世界に与えるためだけじゃなくて、まず自分の内側に向けられるものでもあるんじゃないかなと。寂しさや怒りを感じているときの自分に対してさえ、「そういう気持ちもあるんだね」と、少し優しく眺める余裕。そういう自分への優しさがあると、作品を手放すときの心持ちも、もう少し軽くなるような気がします。
今日、もしよければ。次に作品を上げるときに、数字を見る前に、自分に一度だけ「これを作ってくれてありがとう」と言ってみてください。反応がなくても、その言葉は自分の中に残ります。それが、本当の意味での「満たされた状態」を、少しずつ作っていくのだと思います。
関連する相談
自分の中身を見つめる余裕どころか中身は空っぽだよ 私と言えば何と言えるようなものがなかったから 治せる方法ない、歳も取りたくないから死にたい 私が愛情に飢えてる誰かと繋がれないし認められないならどうし...
今のあなたの言葉を聞いていると、本当に、本当に追い詰められているんだなということが伝わってきます。「中身が空っぽ」「何もない」「どうしようもない」——そういう言葉たちが、あなたの中でどうしようもなく重...
おはようございます、そもそも仏ってなんですか?
おはようございます。そういう根本的な問いかけから始めるんですね。いい質問だと思います。 仏という言葉を聞くと、金色の像とか、お寺とか、何か遠い存在を思い浮かべる人も多いかもしれません。でも、本来の意...
私も他人から好かれるような見た目と中身欲しいよ そのことに執着してキモい 生涯独身で友達もいるんかどうか分からない自分に望みを持つのも虚しくなる
そうなんですね。自分の見た目や中身が、周りから好かれるものではないんじゃないか、という思いが、ずっと心の奥にあるんだろうなと感じます。そしてそのことばかり考えてしまう自分を「キモい」と評価してしまう—...
文化、文明の変化は、どうあるべきか?
そうですね。大きな問いを持ってくださいました。 文化や文明がどう変わるべきか、という問いの背景に、もしかしたらあなたの中に「今、何か違和感を感じている」という気持ちがあるのかもしれません。世の中の移...
人々が命を奪われるのは辛いです
そうですね。人々が命を奪われるというのは、本当に深い悲しみと痛みを呼び起こす出来事なんだと思います。あなたがそれを「辛い」と感じるのは、その苦しみに心が応答しているということで、決して弱さではなく、人...