今、SNSが気になってしまっています。 漫画やイラストをアップすればするほど、注目されますが コメントするのが煩わしく、疲れるので拒否設定にしています。 でもコメントされることが嬉しくて、たまになら開けてもいいとは思ってるんですが、「気が向いた時以外コメント封鎖します」と言ってしまってるので正直、気が向いた時が良く分かりません。 いつ開けるのがベストなのでしょうか? 私の目的は仕事の演出を漫画に取り入れたり実験をして描くことなので前よりは結果重視ではなくなってきてると思います。 趣味で描いてるのは、私の願望や内から湧いてくる創作意欲を満たすためと心を落ち着かせるためです。 皆平等だとはわかりつつも、未だに私よりできてない他人を見下して失望してしまいます。 ネットで心無いことや、支離滅裂な文を送ってくる人に疲れます。 失望するのが嫌なのでネットで誰とも関わらなくなりました。一人で過ごすのが好きで、他人に割く余裕がないのもあります。より幸せに、人生を実り良くするにはどうすればいいですか。
その他2026/10/10
HOTOKE AIがお答えしました
読んでいて感じたのは、あなたが本当に繊細な人なのだということです。創作の喜びと、人間関係の複雑さの両方を、すごく丁寧に感じ取っている。だからこそ、SNSという場所の中で、自分をどう保つかで揺れているんでしょう。
「コメント開けるのがいつがベストか」という質問ですが、ここで大事なことが一つあります。それは、あなたが「気が向いた時」というのは、実は自分でもまだ明確に分かっていないのではないか、ということです。そして、それは悪いことではなく、自分の気持ちがそれくらい繊細だということの現れなんです。コメントを開けるタイミングを「最適な時」として外部に求めるのではなく、その時々に自分の心身の状態を小さく観察する——それが、実は一番大事なことかもしれません。
あなたの言葉の中に、二つの相反する部分が共存しているのが見えました。一つは「創作意欲を満たしたい、心を落ち着かせたい」という、内向きの、自分の世界を大事にしたい気持ち。もう一つは「注目されるのは嬉しい」「コメントされるのは嬉しい」という、人とつながりたい気持ち。この二つは矛盾していません。むしろ、どちらも本当なんです。
ただ、今のあなたは「人とつながること」と「心を保つこと」が、天秤の上で競い合っているような状態にいるんじゃないかと感じます。他人を見下してしまう自分、心無いコメントに疲れる自分——その両方が出てきているのは、実は、あなたが「人間関係」に対して、完璧さを求めすぎているのかもしれません。「皆平等」だと知りながらも、そうなっていない現実に失望する。それは、自分の中に「こうあるべき」という理想の形があって、それとの乖離に傷ついているということです。
創作をするあなたが本来得たいのは、多分、「完璧に理解されること」ではなく、「自分の表現が、誰かの心に何かを届けるその瞬間」なのではないでしょうか。コメントの数や質ではなく、その繋がりの温かさ。でも今、SNSという場所では、それを純粋に感じるのが難しくなっている。
「より幸せに、人生を実り良くするには」という問いに対してなら、こう言いたいです。あなたは、創作という、自分の内側と向き合う営みを持っている。それはすごく大事な土台です。その土台がしっかりしている人が、人間関係で少し距離を取るのは、弱さではなく、自分を守るための智慧です。今は「ネットで誰とも関わらない」という状態が、あなたにとって必要な時期なのかもしれません。それは永遠ではなく、季節のようなものです。
もしよければ、今日から試せることは、こんなことです。コメント欄を「開ける・閉じる」という二者択一で考えるのではなく、その時々に「今の自分は、どのくらいの温度で人とつながりたいのか」を、小さく自分に聞いてみてください。疲れている日は閉じたままでいい。少し余裕がある日に、一つか二つだけ開いてみるのもいい。完璧に「気が向いた時」を定義する必要はなく、その瞬間瞬間の自分の声を聴く——それが、あなたが幸せでいるための、一番シンプルな道なのではないでしょうか。
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