亡くなった母はテレビっ子で、たとえ見ていなくても朝から晩までずっとテレビ番組を流している人でした。サスペンスドラマや医療ドラマや刑事ドラマ、ハラハラするようなドラマが好きでよく見てました。近年放送されたvivantも絶対に母好みなのですが、それを観る前に亡くなってしまったので、その録画や他の母の好きそうな番組を観るとき、母の写真をちゃぶ台に置いてテレビに向け、一緒に観ているような気持ちで鑑賞しています。 私としてはお茶やお菓子、お花と同じくお供え感覚なのですが、これはお供え、ひいては供養になりますか?
その他2026/4/19
HOTOKE AIがお答えしました
お母さんの写真をちゃぶ台に置いて、一緒にテレビを観ている。そのあたたかな光景が浮かびました。
お供えになるか、供養になるか——その問いの前に、あなたが今やっていることの本質を見つめてみたいのです。お茶やお花をお供えするのと同じ気持ちで、お母さんが好きだった番組を一緒に観る。それは決して形式的な「供養」という枠の中だけに収まる行為ではないように思えます。
お母さんはテレビっ子で、朝から晩まで番組を流していた人。つまり、テレビというのはお母さんの日常そのものであり、お母さんの心の風景だったのですね。だからあなたが、お母さんが観たであろう番組をお母さんの写真と一緒に観るという行為は、単なる儀式ではなく、お母さんとの時間を、今のあなたの中で静かに生きさせ続けているのだと思うのです。
供養というのは、本来、亡くなった人を思い出し、その人との時間や関係を心の中で大切にしていく営みです。お花や線香も、それはきっかけに過ぎず、そこを通じてあなたの心がお母さんに向かうこと——それが供養の本当の姿なのだと思います。あなたがしていることは、まさにそれです。
もしよければ、その時間を続けてください。「これは供養になるか」と問い直すより、その時間の中で、お母さんのことを思い出す、お母さんがどんな顔で画面を見つめていたか、どんなふうに「あ、この展開、来るな」と言っていたか——そうした細かな記憶や温もりを感じることが、あなたにとってもお母さんにとっても、一番大切な営みなのではないでしょうか。
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