本来無一物
ほんらいむいちもつ / Honrai Muichimotsu
本来無一物(ほんらいむいちもつ)の意味
意味
人はもともと、執着すべきものを何ひとつ持っていない、という意味です。心を汚す塵も、それを払う鏡も、本来は固定したものとしてどこにもない、という禅の根本的な見方を表します。
出典・由来
中国禅宗の六祖とされる慧能(638〜713)の偈として、『六祖壇経』に伝わる言葉です。兄弟子の神秀が「心は明鏡の台のようなもの、時々に拭いて塵をつけないように」と詠んだのに対し、慧能は「菩提本無樹、明鏡亦非台、本来無一物、何処惹塵埃」と応じ、五祖弘忍に認められたとされます。なお、古い敦煌本『壇経』ではこの句が「仏性常清浄」となっており、「本来無一物」は後の版で定着した表現と考えられています。
悩みへの生かし方
仕事で失敗したとき、「自分はダメな人間だ」という思いが心にこびりついたように感じることがあります。けれど、その評価も肩書きも、もともと自分にくっついて生まれてきたものではありません。後から握りしめたものだと気づくと、少しだけ手の力をゆるめることができます。 人間関係のもやもや、将来への不安、手放せない過去の言葉。それらを「拭わなければ」と必死になるほど、かえって気になってしまうものです。拭う前に、そもそもそれは本当に自分の中に居座っているのか、と静かに問いかけてみる。それだけで、心に少し余白が生まれることがあります。
今日の小さな実践
いま頭にある悩みをひとつ思い浮かべ、両手を軽く握ってから、ゆっくり開いてみてください。開いた手のひらに何も載っていないことを、一呼吸のあいだ眺めます。