禅語の意味と由来
一期一会、日日是好日、放下著など、よく知られた禅語102語の意味と由来を、今の悩みへの生かし方とあわせて紹介します。
一期一会いちごいちえ
いま目の前にあるこの出会い、この時間は、一生に一度きりで二度と同じ形では訪れない、という意味です。だからこそ、その一度を心を込めて大切にし…
日日是好日にちにちこれこうじつ
毎日が楽しく都合のよい日だ、という意味ではありません。晴れの日も雨の日も、うれしい日もつらい日も、良し悪しで裁く前に、その一日をそのまま生…
放下著ほうげじゃく
「放下」は手放す、投げ捨てること。「著(じゃく)」は命令や強調を表す助字で、「捨ててしまえ」「下ろしてしまえ」という強い呼びかけになります…
無む
「無」は、単に「何もない」という意味ではありません。「ある」と「ない」、「正しい」と「間違い」といった二つに分ける考え方そのものを、いった…
本来無一物ほんらいむいちもつ
人はもともと、執着すべきものを何ひとつ持っていない、という意味です。心を汚す塵も、それを払う鏡も、本来は固定したものとしてどこにもない、と…
脚下照顧きゃっかしょうこ
「自分の足元をよく見なさい」という意味です。遠くの理想や他人のことばかりに目を向けず、いま立っている場所、いま自分がしていることに立ち返る…
和敬清寂わけいせいじゃく
「和」は互いに打ち解け合うこと、「敬」は相手を敬うこと、「清」は見た目も心も清らかであること、「寂」はどんなときにも動じない静かな心をいい…
一行三昧いちぎょうざんまい
ひとつのことに心を定め、まっすぐに向き合いつづける境地を表す言葉です。今日では「目の前の一事に心を込めて打ち込む」という意味でよく使われま…
無心むしん
心が何かに引っかかったり、とらわれたりしていない状態をいいます。心がなくなるという意味ではありません。考えや感情が起きても、そこに留まらず…
初心しょしん
初めて何かに向き合ったときの、まっさらで素直な心のことです。知っているつもりにならず、毎回はじめて出会うように物事を見る態度を指します。慣…
随処作主ずいしょにしゅとなる
どんな場所、どんな立場にあっても、周りに振り回されず、自分が自分の主人公として生きる、という意味です。ここでいう「主」は、他人を支配するこ…
喫茶去きっさこ
「まあ、お茶でも召し上がれ」という意味の言葉です。相手が誰であっても、何を背負ってきていても、分けへだてなく同じ一杯をすすめる。その素朴な…
諸行無常しょぎょうむじょう
この世のあらゆるものは、形をとどめることなく移り変わっていく、という意味です。悲しい響きで受け取られがちですが、本来は「変わることこそ物事…
色即是空しきそくぜくう
目に見え、形あるもの(色)は、それだけで独立して変わらずにあるのではなく、さまざまな縁によって成り立ち、移ろい続けている(空)という意味で…
吾唯足知われただたるをしる
「私はただ、満ち足りていることを知っている」という意味です。足りないものを数えるのではなく、すでに手の中にあるものに気づいたとき、心は静か…
少欲知足しょうよくちそく
欲を少なくし、すでに手にしているもので足りていると知ること。何も望むなという意味ではなく、際限なく求め続ける心から少し離れ、今ここにある豊…
平常心是道びょうじょうしんこれどう
特別な境地や悟りの体験を求めなくても、ふだんの心のはたらき、そのままが道である、という意味です。日本では「緊張せず落ち着いた心」という意味…
無一物中無尽蔵むいちもつちゅうむじんぞう
何ひとつ持たないところにこそ、尽きることのない豊かさがある、という意味です。ここでの「無一物」は単なる貧しさではなく、執着やこだわりを手放…
一日不作一日不食いちにちなさざればいちにちくらわず
一日はたらかなければ、その日は食べない、という言葉です。他人を責める決まり文句ではなく、日々の暮らしそのものを修行として生きた禅僧が、自分…
以心伝心いしんでんしん
言葉や文字に頼らず、心から心へと直接伝わることを表します。禅では、悟りの核心は経典の文字では伝えきれず、師と弟子の心が通い合うところで受け…
不立文字ふりゅうもんじ
大切なことは、文字や言葉だけでは伝えきれない、という意味です。言葉を捨てよということではなく、言葉は月を指す指であり、指の先にある実感その…
教外別伝きょうげべつでん
仏の教えの核心は、経典の文字や言葉による教え(教)の外で、心から心へ別に伝えられる、という意味です。言葉を否定するのではなく、言葉だけでは…
直指人心じきしにんしん
言葉や理屈を回り道せず、まっすぐに人の心そのものを指し示す、という意味です。答えを外に探すのではなく、いま自分の心を直接見つめることに目を…
見性成仏けんしょうじょうぶつ
自分の本来の性質(仏性)をはっきりと見てとれば、そのままで仏である、という意味です。仏になるとは、外から何かを足すことではなく、もともと自…
大道無門だいどうむもん
大いなる道には、決まった入口となる門がない、という意味です。門がないからこそ、どこからでも入ることができ、どんな場所も道への入口になりうる…
柳緑花紅やなぎはみどりはなはくれない
柳は緑色をしていて、花は紅色に咲いている。当たり前すぎる光景ですが、禅ではこの「ありのままの姿」にこそ真実があると見ます。それぞれが自分の…
松樹千年翠しょうじゅせんねんのみどり
松は千年のあいだ、季節が移っても変わらず緑をたたえている、という意味です。花や紅葉のように目を引くことはなくても、変わらずそこにある尊いも…
無事是貴人ぶじこれきにん
外に何かを求めてあくせくするのをやめ、本来の自分に安らいでいる人こそが、尊い人であるという意味です。ここでの「無事」は「何事もなく平穏」と…
主人公しゅじんこう
自分の中にいる、本来の自分のことです。周りの声や、その場の感情に流されない、目覚めた心を指します。今では物語の中心人物を意味しますが、もと…
白雲自去来はくうんおのずからきょらい
白い雲は、誰に命じられるでもなく、おのずから来ては去っていく、という意味です。よく「青山元不動(せいざんもとふどう)」と対にされ、どっしり…
清風明月せいふうめいげつ
すがすがしく吹きわたる風と、澄んだ空に浮かぶ明るい月。誰のものでもなく、お金で買う必要もなく、いつもそこにある自然の清らかさを表します。禅…
明歴々露堂々めいれきれきろどうどう
真実は、どこかに隠れているのではなく、はっきりと、堂々と目の前に現れている、という意味です。「明歴々」はくっきりと明らかなさま、「露堂々」…
一華開五葉いっかごようをひらく
一輪の花が開き、そこから五枚の花びらが広がっていく、という意味です。ひとつの確かな始まりは、無理に急がせなくても、やがて自然に広がり、実を…
春来草自生はるきたらばくさおのずからしょうず
春が来れば、草は誰に命じられるでもなく自然に芽を出す、という意味です。物事にはそれぞれの時節があり、無理にこじ開けなくても、条件がととのえ…
歩歩是道場ほほこれどうじょう
一歩一歩の歩みそのものが、修行の場であるという意味です。道場は特別な建物のなかだけにあるのではありません。日々の暮らしのあらゆる場面が、自…
直心是道場じきしんこれどうじょう
まっすぐで飾らない心があれば、そこがそのまま修行の場になる、という意味です。道場とは特別な建物ではなく、偽りのない心で向き合う一瞬一瞬のこ…
掬水月在手みずをきくすればつきてにあり
両手で水をすくうと、その水に月が映り、月が自分の手の中にあるように見える。遠い空にあるものが、自分の小さな手の中にも宿っているという情景で…
行雲流水こううんりゅうすい
空を行く雲や流れる水のように、一つの形や場所にとどまらず、物事に執着せずに自然のままに生きる姿をあらわす言葉です。決まった形を持たないから…
山是山水是水やまはこれやまみずはこれみず
山は山として、水は水として、ありのままにそこにある、という意味です。当たり前のことを言っているようでいて、思い込みや評価を通さず、物事をそ…
万法帰一ばんぽういつにきす
あらゆる物事(万法)は、最後にはひとつに帰っていく、という意味です。ただ禅では、この言葉は「では、その一はどこへ帰るのか(一帰何処)」とい…
而今にこん
「而今」は「いま、この時」という意味です。過ぎた昔でも、まだ来ない先でもなく、いま自分が立っているこの一瞬こそが、生きている場所そのものだ…
莫妄想まくもうぞう
「妄想するなかれ」、つまり余計な思いをめぐらすな、という意味です。ここでの妄想は空想のことではありません。善悪・損得・過去と未来を頭の中で…
洗心せんしん
心を洗い清めること。たまった思い込みや焦り、わだかまりを洗い流し、本来の澄んだ心に立ち返るという意味です。
一無位真人いちむいのしんにん
肩書きや立場、評価といった「位」に一切しばられない、本当の自分のこと。それは遠くにあるものではなく、この生身の体の中で、いま見たり聞いたり…
無功徳むくどく
「功徳など、何もない」という意味です。見返りや評価を期待して積み上げた善行は、本当の意味での功徳にはならない、という鋭い一言として知られま…
廓然無聖かくねんむしょう
からりと晴れわたった大空のように、どこにも区切りがなく、「これが聖なるもの」と特別扱いすべきものも何もない、という意味です。聖と俗、立派と…
不識ふしき
「知らない」「わからない」という意味の言葉です。ただの無知ではなく、「自分とはこういう者だ」と言葉や肩書きで決めつけられない、ありのままの…
拈華微笑ねんげみしょう
言葉を使わずに、心から心へと大切なものが伝わることをあらわす言葉です。釈尊が一輪の花をひねって示し、弟子の迦葉だけがその意味を悟って微笑ん…
両忘りょうぼう
善と悪、是と非、自分と他人など、対立する二つのどちらにもとらわれず、両方ともに忘れることを言います。どちらかを選んで握りしめるのではなく、…
不思善不思悪ふしぜんふしあく
善いとも悪いとも思わない、そのときのありのままの自分に目を向けよ、という言葉です。善悪の区別を捨てて何でも許すという意味ではありません。物…
紅炉一点雪こうろいってんのゆき
真っ赤に燃える炉の上に、ひとひらの雪が落ちる。雪は触れた瞬間に溶けて消え、跡も残りません。迷いや執着、湧き上がる思いも、澄みきった心の前で…
柔軟心にゅうなんしん
こだわりや思い込みにとらわれない、やわらかな心のことです。固く身構えるのではなく、物事をそのまま受けとめ、状況に応じてしなやかに動ける心を…
心身一如しんじんいちにょ
心と体は別々のものではなく、もともとひとつのものだ、という意味です。心が疲れれば体も重くなり、体が整えば心も落ち着いていく。その切り離せな…
只管打坐しかんたざ
「只管」は「ただひたすら」、「打坐」は「坐ること」。何かを得るためではなく、ただ坐ることそのものに打ち込む、という意味です。悟りや心の平安…
坐禅ざぜん
足を組んで静かに坐り、姿勢と呼吸をととのえて、心を落ち着ける禅の修行のことです。何かを得るための手段というより、ただ坐ることそのものを大切…
作務さむ
作務とは、禅寺で修行僧が行う掃除や料理、畑仕事、薪割りなどの日々の労働のことです。禅では、これらを修行の合間の雑用とは考えません。坐禅と同…
公案こうあん
禅の修行で、師が弟子に与える問いや、昔の禅僧の問答のことです。頭で考えて答えを出す「なぞなぞ」ではありません。理屈が行き詰まったその先で、…
悟りさとり
迷いから目覚め、物事のありのままの姿をはっきりと見ることを指す言葉です。仏教では、苦しみの原因を見抜き、それにとらわれなくなった境地を表し…
無常迅速むじょうじんそく
すべてのものは移り変わり、その移ろいは驚くほど速い、という意味です。人の命も例外ではなく、「いつか」と思っているうちに時は過ぎていきます。…
生死事大しょうじじだい
生まれて死ぬという問題こそが、人にとって何より大きな事柄だ、という意味です。多くは「無常迅速(すべては移ろい、時は速く過ぎる)」と対になり…
光陰莫虚度こういんむなしくわたることなかれ
「光陰」は時間、「虚しく度る」はぼんやりと過ごしてしまうことです。過ぎていく時間を、うわの空で見送らないように、という呼びかけです。忙しく…
冷暖自知れいだんじち
水が冷たいか温かいかは、自分で飲んでみてはじめてわかる、という意味です。人から説明を聞くだけでは届かないものがあり、本当のことは自分の体験…
遊戯三昧ゆげざんまい
何ものにもとらわれず、自由自在に、そのことそのものになりきって生きる境地を表す言葉です。ここでの「遊戯」はふざけることではなく、子どもが遊…
一円相いちえんそう
筆をひと息に運んで描く、ひとつの円のことです。始まりも終わりもない円は、欠けたところも余るところもない心の本来のすがた、真理そのものを表す…
体露金風たいろきんぷう
葉をすべて落とした木が、その幹と枝をありのまま秋風の中にさらしている姿を表す言葉です。「金風」は秋の風のこと。飾りや覆いがすべて取り払われ…
日面仏月面仏にちめんぶつがちめんぶつ
日面仏は千八百歳を生きる仏、月面仏はわずか一昼夜しか生きない仏とされます。長くても短くても、調子がよくても悪くても、そのどれもが仏であり、…
夢ゆめ
禅で書かれる「夢」は、将来の希望という意味よりも、この世のものごとは夢のように移ろい、固定した実体はないという見方を表します。ただし人生を…
関かん
関とは、関所、つまり通り抜けなければならない関門のことです。禅では、頭の理屈では越えられず、自分自身で体ごと通り抜けるしかない壁を指します…
喝かつ
「喝」は、禅僧が修行者に向けて発する鋭い一声です。言葉で説明するかわりに、迷いや思い込みをその場で断ち切り、相手を「今ここ」に引き戻すため…
無我むが
「私」というものは、それだけで独立し、変わらずに存在する実体ではない、という仏教の根本的な見方です。私たちは体や感情、考え、まわりとの関係…
縁えん
縁とは、物事が生じたり消えたりするときに働く、さまざまな条件やつながりのことです。どんな出来事も人との出会いも、ひとつの原因だけでなく、無…
白馬入蘆花はくばろかにいる
白い馬が、白い蘆(あし)の花の群れの中へ入っていく情景です。白と白が溶け合って見分けがつかないようでいて、馬は馬、花は花として、それぞれ確…
吾心似秋月わがこころしゅうげつににたり
「わたしの心は、秋の月のようだ」という意味です。澄みきった秋の夜空に浮かぶ月が、深い淵の水面に静かに映っている。そのように、本来の心は曇り…
竹有上下節たけにじょうげのふしあり
一本の竹には、上の節と下の節があり、それぞれ位置も役目も違うという意味です。同じ一本の竹として等しくありながら、そこには自然な違いや順序が…
千里同風せんりどうふう
千里も離れた土地にも、同じ風が吹いているという意味です。遠く隔たっていても、根っこのところでは同じものが通い合っている、という世界の見方を…
天上天下唯我独尊てんじょうてんげゆいがどくそん
天の上にも天の下にも、ただ私ひとりとして尊い、という意味です。「自分だけが偉い」という傲慢さではなく、誰とも取り替えのきかないこの命が、そ…
心外無別法しんげむべっぽう
心の外に、別の真理や世界があるわけではない、という意味です。私たちが見ている世界は、いつも心を通して受け取られています。苦しみも安らぎも、…
一切唯心造いっさいゆいしんぞう
この世のあらゆることは、心がつくり出している、という意味です。出来事そのものより、それを受け止める心のあり方によって、世界の見え方や苦しみ…
応無所住而生其心おうむしょじゅうにしょうごしん
「まさに住する所無くして、其の心を生ずべし」と読みます。心をどこか一つの物事や考えにとどめて固めてしまわず、そのうえで、いまこの時に生き生…
至道無難しいどうぶなん
最高の道(真理)は、本来むずかしいものではない、という意味です。続く句「唯嫌揀択(ただ揀択を嫌う)」とあわせて、好き嫌いで選り分け、えり好…
好事不如無こうずもなきにはしかず
どんなに良いことでも、それに心がとらわれるなら、何もないほうがよい、という意味です。良いことを否定しているのではありません。「良いこと」に…
大死一番だいしいちばん
一度すっかり死にきる、という意味の禅語です。ここでの「死」は命を終えることではありません。自分を縛っている思い込みや執着、「こうでなければ…
百尺竿頭進一歩ひゃくしゃくかんとうにいっぽをすすむ
百尺もある竿の先まで登りつめたところから、さらに一歩を踏み出す、という意味です。禅では、修行で高い境地に至っても、そこにとどまり満足しては…
啐啄同時そったくどうじ
卵の中のひなが殻を内側からつつくこと(啐)と、親鳥が外側から殻をつつくこと(啄)が、ちょうど同じときに起こるという意味です。教える側と学ぶ…
他不是吾たはこれわれにあらず
「他人は自分ではない」という意味です。自分の修行や自分の人生は、誰かに代わってもらうことができない、という覚悟を表す言葉です。
更待何時さらにいずれのときをかまたん
「今でなければ、いったいいつを待つというのか」という意味です。やるべきことは、条件が整う「いつか」ではなく、この今にしかできない、という静…
和顔愛語わげんあいご
おだやかな顔つきと、思いやりのこもった言葉で人に接することです。特別な財産や才能がなくても、表情と言葉ひとつで相手の心をやわらげることがで…
身心脱落しんじんだつらく
身体と心へのとらわれが、すっかり抜け落ちること。「自分が」「自分の」と握りしめていたものがほどけ、ありのままのいのちとして在る境地を指しま…
修証一等しゅしょういっとう
修行(修)と悟り(証)は別々のものではなく、ひとつである、という意味です。悟るために修行するのではなく、修行しているそのすがたに、すでに悟…
前後際断ぜんごさいだん
前と後ろのつながりを断ち切り、いまこの一瞬を、それだけで完結したものとして生きることです。過ぎたことへの後悔や、まだ来ないことへの不安に心…
放てば手に満てりはなてばてにみてり
握りしめていた手を放すと、かえってその手は満たされる、という意味です。何かをつかもうとするほど手はふさがり、手放したときにこそ、すでにあふ…
慈悲じひ
「慈」は相手に安らぎや喜びを与えようとする心、「悲」は相手の苦しみを取り除こうとする心を指します。合わせて、他者の痛みを自分のことのように…
心頭滅却すれば火もまた涼ししんとうめっきゃくすればひもまたすずし
心の中の雑念や「熱い、つらい」というとらわれを消し去れば、燃えさかる火でさえ涼しく感じられる、という意味です。苦しさを根性で我慢せよという…
八風吹不動はっぷうふけどもどうぜず
人の心を揺さぶる八つの風が吹いても、心は動じないという意味です。八風とは、利(うまくいく)・衰(落ち目になる)・毀(陰で悪く言われる)・誉…
動中工夫どうちゅうのくふう
静かな場所で坐っているときだけでなく、働き、動き、人と関わる日常の只中でこそ心を調える工夫をする、という意味です。静けさは特別な時間にだけ…
本来面目ほんらいのめんもく
肩書きや評価、善し悪しの判断をすべて取り去ったあとに残る、生まれたままの自分のほんとうの姿のことです。何かを付け足して作る自分ではなく、も…
担雪埋井たんせつまいせい
雪を担いで運び、井戸を埋めようとすること。雪は井戸に入れたそばから溶けてしまい、井戸はいつまでも埋まりません。一見むだな骨折りに見えますが…
把手共行はしゅきょうこう
手を取り合って、ともに歩んでいくこと。もとは、修行によって自分の本来の姿に目覚めた人は、歴代の祖師たちと手をつないで同じ道を歩むことができ…
安心あんじん
仏教では「あんじん」と読み、心が落ち着き、揺らがずに定まっている状態をいいます。日常語の「あんしん(安心)」の元になった言葉ですが、禅では…
無念無想むねんむそう
あれこれと思いをめぐらせる心から離れ、雑念にとらわれない澄んだ状態を表す言葉です。ただし、頭を空っぽにして何も感じないことではなく、浮かぶ…
心月孤円しんげつこえん
心は、夜空にひとつだけ浮かぶ満月のように、何にも頼らず、欠けることなく円かに満ちている、という意味です。「孤」はさびしさではなく、他と比べ…
一水四見いっすいしけん
同じひとつの水でも、見る者の立場や心によって、まったく違うものに見えるという意味です。世界はひとつでも、その受け取り方は見る側によって変わ…