作務
さむ / Samu
作務(さむ)の意味
意味
作務とは、禅寺で修行僧が行う掃除や料理、畑仕事、薪割りなどの日々の労働のことです。禅では、これらを修行の合間の雑用とは考えません。坐禅と同じく、心をこめて体を動かすこと自体が修行であるとされます。
出典・由来
中国の禅僧・百丈懐海(749〜814)は、禅院での共同生活と労働の規範を整えた人物とされ、「一日作さざれば一日食らわず」という言葉で知られています。高齢になっても畑仕事をやめなかった逸話が、後の禅の語録に伝わっています。百丈が定めたとされる『百丈清規』の原本は残っておらず、後世の清規がその伝統を受け継いだと考えられています。日本では道元が『典座教訓』で、食事を作る役目を大切な修行として説きました。
悩みへの生かし方
「この仕事に意味があるのだろうか」と感じる日は誰にでもあります。書類の整理、メールの返信、家の片づけ。作務の考え方は、仕事の価値を大きさや評価だけで測らず、目の前の一つひとつにきちんと向き合う時間そのものを大切にする見方を教えてくれます。成果を急ぐ気持ちを少し脇に置くと、手元の作業が案外静かな時間に変わることがあります。 気持ちが沈んで何も手につかないときも、頭で考え続けるより、小さく体を動かすほうが楽になることがあります。作務は、立派なことをする必要はないと教えてくれます。床を拭く、食器を洗う。それだけでも、今ここに戻るきっかけになります。
今日の小さな実践
今日、机の上かシンクのどこか一か所だけを、1分間、ていねいに片づけてみてください。手の動きと、きれいになっていく様子だけに注意を向けます。